大分地方裁判所 昭和26年(行)10号 判決
原告 野々下大治
被告 大分県教育委員会
一、主 文
被告の昭和二十六年三月三十一日附原告に対する免職処分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告は主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
(一) 原告は昭和二十三年以降大分県教育庁(以下県教育庁という。)南海部出張所学務課に勤務し、昭和二十五年四月十五日附で県教育庁教職員課主事に転任発令された。被告は昭和二十六年三月三十一日附で原告を免職処分に附し、原告は同年四月十四日右辞令の交付を受けた。ところで被告の原告に対する右免職処分の理由とするところは、(1)被告の事務局(県教育庁)の職員の定数が予算の上で過員となつたこと、(2)原告が大分県の公金を理由なくして所持している疑があり、再三その返戻方注意を受けてもこれを戻入しなかつたこと並びに、(3)原告が県教育庁の一係官の言を口実として約一ケ年間に亘り全く勤務せず、しかもその間依然給与を受けていたことの三点にあるというのである。
(二) しかしながら被告の原告に対する右免職処分の理由とするところの事由は全く存しない。即ち、(1)吏員相当の県教育庁の職員の分限については地方自治法附則第五条により地方公務員法が施行せられるまでは文官分限令が準用される。ところで同令第三条第一項第三号にいう「定員の改正に因り過員を生じたるとき」とは県教育庁の職員についてこれをみればその定数を定める大分県定数条例(以下県定数条例という。)による定数の改正により過員を生じたときと解すべきである。しかるに県定数条例は昭和二十五年七月以降改正されていない。(2)被告の原告が所持するという県の公金とは訴外宮下尚に対して支給した赴任旅費が過払となつたため大分県金庫に戻入すべき金員で原告が保管していたものをいう。ところで該金員は右訴外人に一旦支給されたものであるから県の公金ではなくいわば同訴外人の私金ともいうべきであり、その返戻手続は同訴外人においてこれをなすべきものである。しかるに同訴外人がその手続をしないため原告においてこれを保管していたものに過ぎない。このことは当時の県教育庁南海部出張所学務課長訴外安達一郎が了知していたところであつて、原告においてこれを横領したものでもなく、又その意思が存したものでもない。(3)原告は県教育庁教職員課主事への転任辞令の交付を受けた翌日即ち昭和二十五年四月二十五日被告に対し、転任承諾の旨電話で通知し同月二十八日と五月一日の両日右教職員課に出頭した。ところが当時の同課長訴外利田正男及び同課庶務係長訴外船木薫平の両名は主事である原告に対し、「雇員にする」。「雇員だ」。などと脅迫して退職を迫つた。そこで原告は窮地に陥りついに二、三ケ月の猶予を与えてくれとの申出をなすの止むなきに至つた。その後同月三十一日被告より書面で呼出を受けて出頭したとき原告は右原告の申出を取消したところ、右訴外人等は原告に対し勤務するには及ばないから自宅で休んでいてくれと懇願した。しかしながら原告はその後も頻りに被告の真意を確めるためその手段を尽したが被告より返答なく、又被告に対し発令どおりに勤務をさせてくれと懇願したが被告はこれにも応ぜず、原告に対し事務の分掌を定めることもなく執務すべき机をも与えなかつた。被告は原告に対しあくまで退職を強要して譲らず、その間約一ケ年の歳月が経過した。原告において勤務する意思があるにもかかわらず被告が原告に対して勤務をさせなかつたものであるから、原告が右期間勤務せずして給与を受けた責は被告に対して問わるべきものであつても、原告にその責を帰せられる理由は全く存しない。
そうすれば被告の原告に対する右免職処分は何等その理由なくしてなされたものであつて、違法であること明瞭であるからその取消を求めるため本訴請求に及ぶ。
被告訴訟代理人の主張に対して次のとおり述べた。被告訴訟代理人主張の(一)の県定数条例による県教育庁職員の定数が二百七十一名であること及び本件免職処分の当時その実配置人員が二百三十八名であつたことはこれを認めるがその余の事実上及び法律上の主張はすべてこれを否認する。文官分限令には予算の減少により過員を生じた場合に云々の規定は存しない。右規定は地方公務員法第二十八条第一項第四号に新たに規定されたところであり、同法同条昭和二十六年八月十三日以降はじめて適用されるものである。それ以前の地方公務員については定数条例の改正による過員のみ過員による免職処分の理由となりうるが、定数条例の定数内においては仮令予算の減少により過員を生じたとしてもこれを理由として免職することは許されない。又県教育庁職員の定数の事務局部内の配分は被告がこれを定めることができる(県定数条例第三条)けれども、事務局職員の定数は大分県条例によつてこれを定めなければならない(教育委員会法第四十五条第三項)。従つて被告はその定数の配分権により定数を減員することはできず、それは県定数条例の改正にまつのほかない。被告が定数の配分により各分課に配置した人員の減員を目して定数の減員とすることはできない。いずれにしても被告の原告に対する本件免職処分には文官分限令第三条第一項第三号に該当する事由は存しない(立証省略)。
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
原告主張事実中(一)の各事実、(二)の(1)の県定数条例が昭和二十五年七月以降改正されていないこと、(二)の(2)の被告が原告の所持するという県の公金とは訴外宮下尚に対して支給した赴任旅費が過払となつたため、大分県金庫に戻入すべき金員で原告の所持していたものであること、並びに(二)の(3)の原告が勤務せずして給与を受けていたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実はすべてこれを否認する。原告主張(二)の(3)の事実について――原告は県教育庁教職員課に転任発令を了知すると当時の人事担当者であつた同課長訴外利田正男に対し郵便で赴任を拒絶する旨通告した。そこで被告は原告に対しては退職を勧告することとし同時にその後任の人選に着手し、右発令後旬日余を経過しても原告は一回の出頭もしないので事務の渋滞を虞れて後任を決定した。ところがその後原告は突然出頭し発令どおり赴任する旨申出た。原告はその直前被告に対し長距離電話で赴任する旨連絡したというが、それは既に右後任の決定後であつた。被告は原告に対し右事情を説明したところ原告は被告に対し二、三ケ月の猶予を申出でその上で退職の勧告に応ずる旨確約した。しかるに約三ケ月後に至り原告は突如として曖昧な口実を設け前言を飜して退職勧告に応じ難い旨申入れるに至つたものである。原告が約九ケ月に亘つて勤務しなかつたのは被告の諒解済の上のことではなく、原告自身の自由意志によつてなしたものである。
被告の原告に対する本件免職処分は文官分限令第三条第一項第三号に準拠してなしたものである。即ち本件免職処分の理由とするところは被告の認める原告主張(一)の(1)の過員の点が主たるものであつて、(2)及び(3)の各事由は附随的のものに過ぎない。
(一) 文官分限令第三条第一項第三号にいう「定員の改正に因り過員を生じたるとき」とは予算の減少により過員を生じたときもこれに包含せられる。昭和二十四年に制定施行された県定数条例による県教育庁職員の定数は二百七十一名でその後改正せられていない。しかしながら右職員に対する大分県予算の配付は現員、現給を基準とするものではなく、各年度においてこれが異る結果、各年度の予算定数は県定数条例の定数と必ずしも一致しない。県定数条例の改正がなくても各年度の配付予算の減少により過員を生ずることがある。ところで昭和二十六年三月二十一日現在の現員現給による県教育庁職員給与の年間所要額と昭和二十六年度の同給与予算とを対比すると金四十四万七千二百七十円の不足を生じた。一人当りの平均俸給月額は金七千四百二十二円に相当するから結局四人九分の減員を要することとなつたが、これを最小限度三人の減員に止め、その他の減員を必要とするについては別に適当に措置することとした。そこで被告は同年三月末日現在の実配置人員二百三十八名に対し同年度のそれを二百三十五名としてこれを各分課に配置した結果三名の過員を生じた。
(二) 仮に予算の減少により過員を生じたときにおいても、それは文官分限令第三条第一項第三号の事由に該当しないとしても、被告はその事務局を設置し(教育委員会法第四十三条)、これに必要な分課を置く(同法第四十四条)ことができ、従つて各分課の所属定数を定めることも亦被告の権限に属する。被告が事務局各分課の所属配置定数を定めたときはその定数も亦文官分限令第三条第一項第三号にいう定員に該り、右定数の変更により過員を生じたときは同令の右条項号にいう定員の改正により過員を生じたときに該当する。ところで被告は昭和二十六年度の事務局職員定数配置を別表のとおり定めたので、配置人員の総数において二百三十八名から二百三十五名に三名減員されて三名の過員、原告の所属する教職員課の配置人員において十八名から十七名に一名減員されて一名の過員を生じた。
(三) 原告は性偏狭で融和性を欠き、在職中被告の原告に対する本件免職処分の附随的理由としたところの公金を不法に所持していた疑もあり、更に転任辞令の交付を受けながら事務の引継をもなさず自宅に引きこもつて赴任することなく、しかも給与は依然受けていたこと等公務員として全く不適格の人物である。
被告は偶々右のように過員整理のやむなき事情に当面したので原告に対し本件免職処分に出でたものであつて右処分につき何等責めらるべき違法は存しない。以上要するに原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却せらるべきものである(立証省略)。
三、理 由
原告が昭和二十三年以降県教育庁(被告の事務局)南海部出張所学務課に勤務し、昭和二十五年四月十五日附で県教育庁教職員課主事に転任発令されたこと、被告が昭和二十六年三月三十一日附で原告を免職処分に附し原告が同年四月十四日右辞令の交付を受けたこと並びに被告の原告に対する右免職処分の理由とするところが(1)被告の事務局(県教育庁)の職員の定数が予算の上で過員となつたこと、(2)原告が理由なくして県の公金を所持している疑があり、再三その返戻方注意を受けてもこれを戻入しなかつたこと並びに、(3)原告が県教育庁の一係官の言を口実として約一年間に亘り全く勤務せず、しかもその間依然給与を受けていたことの三点にあることはいずれも当事者に争が存しない。
ところで被告はその原告に対する前示免職処分は官吏分限令第三条第一項第三号に準拠してなしたものであり、右免職処分の理由は前示理由(1)の過員の点が主たるものであつて、(2)及び(3)の各事由は附随的なものに過ぎないと主張する。そこで次に同令に準拠するものとして右免職処分が適法であるか否かについて判断することとする。
先ず教育委員会法第八十一条によれば教育委員会の事務局職員の身分取扱に関しては別に地方公共団体の職員に関して規定する法律が制定施行されるまでは当該地方公共団体の長の補助機関たる吏員の例によるものとする。又地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)附則第五条によれば都道府県の吏員に関しては別に普通地方公共団体の職員に関して規定する法律が定められるまでは従前の都道府県の官吏又は待遇官吏に関する各相当規定が準用される。ところで右教育委員会法及び地方自治法にいう普通地方公共団体の職員に対して規定する法律である地方公務員法の分限に関する規定は昭和二十六年八月十三日より施行せられたこと同法附則第一項により明らかである。従つて右施行以前における教育委員会の事務局職員の分限に関しては従前の都道府県の官吏又は待遇官吏に関する各相当規定である文官分限令が準用される。そして同令の準用のある教育委員会の事務局職員は同令第二条により刑法の宣告又は懲戒の処分に依るのでなければ同令第三条第一項各号のいずれかの事由に該当する場合のほかはその意に反して免職せられることはない。従つて県教育庁の職員である原告は地方公務員法の分限に関する規定の適用を受けるまでは文官分限令による身分の保証が与えられるものといわねばならない。次に文官分限令第三条第一項にいう「定員の改正に因り過員を生じたるとき」とは定員を定める法律又は定数を定める条例等の改正により定員又は定数が減員せられてその結果過員を生じたときと解する。県教育庁の職員についてこれをいえば、その定数は教育委員会法第四十五条第三項により大分県条例でこれを定めなければならないから、県定数条例の改正により定数が減員せられてその結果過員を生じたときと解する即ち県定数条例の改正により過員を生じたのでなければ文官分限令第三条第一項第三号後段の事由には該当しない。ところで本件免職処分当時の県教育庁の職員の定数を定める県定数条例によればその定数は吏員に相当する職員百七十四名、その他の職員九十七名合計二百七十一名であり、当時の県教育庁職員の実配置人員が右定数を下廻る二百三十八名であつたことは当事者に争なく、又同条例の改正により県教育庁職員の定数が減員せられた結果過員を生じたことは被告の主張するところでもない。そうすれば被告の文官分限令第三条第一項第三号に準拠してなしたとする原告に対する本件免職処分はその余の点を判断するまでもなく右法条に該当しない違法な処分であることを免れない。
被告訴訟代理人は文官分限令第三条第一項第三号にいう「定員の改正により過員を生じたるとき」とは予算の減少により過員を生じたときもこれに包含される旨主張するが、右主張は被告訴訟代理人の独自の見解というべきである。同令の右条項号は「官制又は定員の改正により過員を生じたるとき」とのみ規定し、予算の減少により過員を生じたときを規定していない。予算の減少により過員を生じたとき免職することができる旨の規定は国家公務員法の昭和二十三年法律第二百二十二号による改正によりはじめて国家公務員法第七十八条第四号として規定せられ、これを承けてその後の地方公務員法第二十八条第一項第四号に同様の規定が設けられたものである。ところで国家公務員も地方公務員も共に公務員であることには差異がないからその身分の保障についてもこれと同等に取扱うべきであり、又取扱つてよい筈であつて、現に国家公務員法も地方公務員法もこれを同等に取扱つているそれであるから国家公務員について改正国家公務員法第七十八条第四号が適用される以前においてはともかく、それ以後は右法条と同様の規定を設ける地方公務員法の施行あるまで準用せらるべき文官分限令第三条第一項第三号の解釈として国家公務員法第七十八条第四号に規定するところと同様に解釈すべきであり又解釈してもよいとの見解も一応は存立しうる。又その施行について予算上の措置を必要とする法令はこれに対する予算上の措置がなされない以上結局その施行が不可能であるから、文官分限令第三条第一項第三号の解釈として予算の減少により過員を生じたときをも当然に包含せられると解しなければならないとの議論も成立つ。しかしながら国家公務員法第七十八条第四号後段の規定は文官分限令第三条第一項第三号の当然解釈を明文化したものとみるべき根拠なく、右規定は同法に新たに創設されたものと解するのを相当とする文官分限令の右規定は予算の減少による過員を理由とする免職処分を当然に予定して規定されたものとは解し難い。又国家公務員と地方公務員の身分の保障を別異にすべき理由は存しないが、その間に差異があるからといつて身分の保障において有利な地方公務員の地位をこれより不利な国家公務員の地位まで引降して取扱わねばならない又取扱つてもよいという理由も亦存しない。又法令が制定施行せられる以上はこれに必要な予算上の措置が当然採られねばならないのが原則である。国家公務員法第七十八条第四号又は地方公務員法第二十八条第一項第四号のような規定が存するならば格別、これが明定されていない文官分限令の準用を受ける公務員の身分保障が予算の多寡により左右されるというごときことは身分を保障すべき筈の同令の趣旨の大半を没却するものであるから、同令第三条第一項第三号の解釈に関し右のような見解はいずれもこれを採らない。そうすると被告訴訟代理人の右主張はこの点に関するその余の判断を俟つまでもなく失当としてこれを排斥すべきものとする。更に被告訴訟代理人は仮に予算の減少により過員を生じたときにおいても、それは文官分限令第三条第一項第三号の事由に該当しないとしても、被告が事務局各分課の所属配置定数を定めたときはその定数も亦同令の右条項号にいう定員に該り、右定数の変更により過員を生じたときは右条項号にいう「定員の改正により過員を生じたるとき」に該当する旨主張するが、右主張も亦被告訴訟代理人の独自の見解というのほかない。被告の事務局職員の定数は大分県条例によつてこれを定めなければならないこと教育委員会法第四十五条第三項に規定するところであり、被告は県定数条例第三条により同条例によつて定められた県教育庁職員の定数をその各分課に配分する権限を有するに過ぎず、右定数を定める権限を有しない。それで仮令被告が右定数に充たない人員を各分課に配分してもその現実に配分された総人員又は各分課の配分所属人員を目して県教育庁職員の又はその各分課の定数とすることはできないからである。そうすれば被告訴訟代理人の右主張はこの点に関するその余の判断をするまでもなく失当であること明白であるからこれを排斥する。
そうすれば被告の原告に対する本件免職処分は文官分限令第三条第一項第三号に準拠してなしたものであり、その附随的理由とする前示(2)及び(3)の各事由が同令の右条項号に該当しないこと明白であるから、右事由の存否について判断するまでもなく、違法の処分としてその取消を免れない。よつて原告の、被告の原告に対する本件免職処分の取消を求める本訴請求は正当としてこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 江崎彌 菅野啓蔵 吉田誠吾)
(別表省略)